介護付き有料老人ホームで介護職員をしている私は、あることに悩んでいました。
「今日もダメだったか…」
午後3時になると毎日ため息をついている気がする。悩みの種は「レクリエーション」。企画・担当するのは好き…いや、それは言いすぎかも。どちらかというと苦手ではない。準備に時間がかかるけど、入所者さんが楽しそうに参加してくれるのをみると、もっと頑張ろうと思えます。
ただ最近、なにを企画しても興味を示してくれない方が…。
「とし子さん、今日はみんなで歌を歌いましょう!」
「今日は、座ったまま体操しましょう!」
「折り紙はどうですか?」
「春ですね!さくらの塗り絵をしませんか?」
とし子さんは、1ヶ月程前にここに入所してきました。2年前に脳梗塞で倒れ、リハビリである程度改善したものの、右半身に少し麻痺が残ってしまいました。退院後は自宅で生活をしていましたが、麻痺が残る身体では自由に外出できなくなり、その影響もあってか徐々に軽度の認知症症状もみられるようになっていました。旦那さんはすでに亡くなっていて、遠方に住む息子さんが、「ひとり暮らしは心配だから」と入所を決めたのでした。「自宅を離れるには嫌だ」と拒否をしていましたが、最後は説得されて渋々…。
「鈴木さん、とし子さんのこと気にしすぎじゃないですか。参加はしないけど、部屋にこもっているわけでもないし、雰囲気だけでも感じて貰えればいいじゃないですか。仕事はそれだけじゃないんですからっ」
後輩のえみちゃんからもそう言われてしまい、「それもそうだよね」
という気持と、
「でも軽度の段階でこのままでは…」という気持ちが入り混じり、ため息ばかりでるのでした。
「マンネリしちゃってるのもダメなんだよね、きっと」
「今日のレクはじめますねー」
声をかけると、とし子さんは、いつものように部屋の隅に座っていました。
今日も不参加か…。
ちょっとあきらめモードで始めたこの日のレク。まさか、彼女からこの言葉が聞けるなんて!
「今日は、創作レクです。手先の運動にもなるし、頭の体操にもなりますよ。それにね・・・」
事前に飾っておいた作品が功を奏したのか、この日はなんとなく皆の反応がいい。
説明を終え部屋を見渡すと、とし子さんと目が合いました。
「とし子さんも…」そう言いかけたとき、彼女の口から「やってみたい」と。
「えっ!!」
つい声が出てしまいました。
「…やりましょう!こちらにどうぞ!」
そう伝えると、おずおずと普段から仲の良いふみ子さんの隣に座りました。
「麻痺があるけど…できるかしら」
「所々お手伝いしますね。それに手順書もありますので、ゆっくり、できるところまでやってみましょう」
そんな会話を聞いてか聞かずか、となりのふみ子さんはレクの最中、とし子さんを気にかけ、手伝ってくれていました。
「とし子さん!どうでしたか?参加してみてっ」
レクのあと、私は参加してくれたことが嬉しくて、少しはしゃぎ気味に聞いてみました。
むずかしかったね
「そう…ですか」
しまった。やっぱり急にはむずかしかったか。せっかく参加してくれたのに、もう嫌になっちゃったかな。
そんなことを思いうつむいた私に、とし子さんは続けてこう言いました。
「だけど楽しかった。これ見て。みんな褒めてくれたの。ふみ子さんも手伝ってくれたし、まさか完成するなんて思わなかったわ。レクってやっても意味ない気がしてたけど、リハビリにはいいわね。みんなとの交流も作品をはさむと少し気が楽ね」「次はもっときれいにつくるわ」
その顔は笑顔で、とても満足気でした。
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「とし子さん良かったですね。わたしレク苦手じゃないですか。これ楽しそう。今度一緒にやってくださいよー」
その日の退勤間際、えみちゃんが駆けよってきてくれました。
「でもこれって、作品一つだけですか?結局マンネリになっちゃうじゃないですか。なんだぁ」
彼女の良いところはなんでも素直に言葉にするところ。そう思いながら私は答えました。
「要介護度とか器用さによって、できること・やりたいことはみんな違うじゃない?これ見て。簡単な作品から少しだけ難しそうな作品まであるの。それにほら、これなんか好きなだけ自由にやっててもらうとか、応用がきくわ。他にもつくってみたくなるし、状態の維持改善を本人に実感してもらうことでマンネリを防げるようにもなるわ。」
一気に話し終えると、えみちゃんはすこし驚いた様子で、
「いいですね!自分でもちょっとやってみたいかも。レクを機能訓練につなげるの、悩んでたんですよね。今度教えて下さいね。」と。
私は、ため息が一度も出なかったことに気づき、少しだけ帰宅の足取りが軽くなったのでした。